投稿日:2008-06-17 Tue
6月も半ばを過ぎたのだが、指導計画を出してもらえないんです。7月半ばに個別懇談の日を設けてあり、その申込書をもらったのだが、
それは、指導計画というより、つまり結果のみお伝えしますよ、って
ことじゃナインデスカ???
そんなわけで夫が、皮膚の穴までも感情であふれるわたしめのかわりに
個別の指導計画についてどうなってるんやろな〜???ってことを
京都人の、たる〜い(としか九州人には感じられない)オブラートでつつまれた
表現にて連絡ノートでおたずねしたわけです。
今日の返事で、一応、年間と学期の目標を設定してあり、そういうものでよければ
お伝えしますよってことだそうで。個別の指導計画と個別の支援計画ですね。
先生たちは人間性でオシゴトしてくださっているわけですが、
やはり、この先、客観的に先々に伝えていくデータみたいなもんは
必須だと思うわけで、必ず書類で貰うべきだと思っています。
(ところで個別の指導計画をアメリカ風にIEPと表現する人がいますが、
あちらでは法律が伴っていて、これは絶対に達成しなければならない
計画だそうです。つまり、達成できない場合は訴えられてもしょうがない
という意味なんだそうで。)
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今日は、仕事先でアメリカ人のALTの先生とautism(自閉症)の教育について
雑談をしました。州にもよるんでしょうけど、その先生の学校では
特別クラスを設けず、大学や高校の選択授業みたいに、ホームルーム以外は
科目によってクラスを周るそうです。スペシャルニーズの子は、
だいたい先生が同伴するのだとか。
「しゃべりはするけど、先生が一緒にいるからね。」
そんなことを言っていました。
私は以前、よいインクルージョンとは皆が同じ場所で、必要な支援を
受けながら過ごしていくものだと、そうあることで、障害のある子も
ない子もそれぞれに影響を受けつつ過ごすのが一番よい方法だと
思っていました。つまり、アメリカは進んでいると思っていました。
リョウちゃんのことをいうと、交流学級では、みんなにかまってもらい、
あーだこーだ言われつつ、親しい友達もできています。
交流先には交流先のよさがあります。
しかしながら、特別なクラスに滞在する意義もあると思うのです。
それは、自己肯定感を養い、自分のもてる力を発揮すること、
発達の段階の近い子どもたちと同じ程度の社会性をもちながら
かかわること、また、小さい集団の中での育ちあい、
リーダーシップをとることや係り活動をすること、
どれも大切なことだと思っています。
自閉症の中核は「社会性」ですから・・・
何がなんでも皆と同じ、ということは必要ない。
よりよい育ちあいや、発達のための場所があり、そこで
あらためて力を出していくことも大切だと思うのです。
誰一人として同じ進路はとらないのですから、
その子のその時々に応じた対応が大切だと考えています。

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