投稿日:2007-09-30 Sun
前の話題に続いて、保育園の先生の言葉にちょっと傷ついたことを思い出した。といっても、去年か一昨年のことなんだけど。
ここの先生、なんせ独身の先生が多い。
別に、子育てをしている先生が優秀な先生とは限らないけど、
たぶん、子育てを経験している人なら、こんな言い方
しなかっただろうな。
「おかあさん、今日、りょうちゃんが奇声をあげながら、運動場を走っているときに・・・」
連絡帳がないので、迎えの際、担任の先生がまだおられるときは
今日の出来事を教えてくださるのだが、この言い方には
その後の、話聞きたいモードが50%くらいに落ちた気がする。
奇声という言葉は、自閉症のことを書いた
書物には掲載されていていも、当事者や保護者に面と向かって
使うのはキツイ。
りょうちゃんは、好きなことをして興奮すると、
笑いながら「キー」とか「ひゃ〜っ」というときがある。
そんなに声が大きいわけでも、迷惑になるような叫びを
しているわけでもない。
他人からみれば、奇妙に感じるのだろう。
でも、りょうちゃんにとっては、そういうのもひとつの
表現方法なのだ。
今なら、「またふざけて、このぉ〜ばかモン息子(- -メ)!」と
思うだけだが、まだ園の保護者にカミングアウトして
いなかったこともあり、人に変だと思われることに抵抗も
あった。先生からそんなことを言われて、なおさら
悲しかった。
子どもの一人一人が、親が大切に思って育てている子ども
なんだけど、そういう当たり前のことに先生たちは
気がついているかしら。
(・・・下のトピックを振り返っても、私、言われすぎ?
もしかして、舐められやすいタイプなのだろうか。
いや、これからも、まだまだ受難の日々が待ち受けて
おりますでしょうか?!)

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投稿日:2007-09-24 Mon
「まだ、お母さんはりょうちゃんの障害を受容しておられないんじゃないかと思うんです。」
先日、保育園のベテランの先生からこう言われた。
私があれこれ要望が多いことに対してそう感じたらしい。
(全然たいしたこと言ってないと思うけど)
日ごろから、障害児教育に携わる人全般に感じていることが
ある。障害児の親が、子どもの障害を受容していく過程に
ついて、あまり知識のない方が多いのではないかということだ。
そこには、想像を超える深い苦しみや悲しみや喜びや希望が
入り混じっている。これらの感情が押し寄せたり引いたりするのを
繰り返しながら、少しずつ子どものあるがままを受け止め
親子関係を築いていくということだ。
もう一歩踏み込むと、子の特徴を受け止めつつも、
常に周囲に比較になる健常の子どもの存在や、
将来への不安という開放されづらい重圧がのしかかっている
こともある。
映画「マラソン」で、母親が言った
「この子より一日、長く生きること」が、
このことをよくあらわしていると思う。
去年の専攻科在学中に、現職の学校の先生から
言われた言葉で気になったことがあった。
「aichanは偉いわね。私の持った障害児クラスの子の保護者は、
ぜんぜん障害を認めようともしなかったわよ。
交流級の授業参観で、その子を紹介したら
『勝手にそういうことをして』とひどく叱られたしね。
もう中学生になるのに、未だに手帳を取ってないし。」
うーん、でもやっぱりなぜ紹介の前に一言保護者に了解を
取らなかったのだろうという疑問を持った。
紹介の仕方にも色々あるだろうから。
個人的には、支援級にいる親御さんには、啓蒙的な立場で
わが子の障害について理解を求めたり、カミングアウトを
お勧めしたいものだが、自分の子だって、今年の春、年長組の
保護者の前で話をしたときの気持ちを思い出すと、とても
強要できない。結果的にはプラスに働いたのですが。
いずれキャッチアップしてきて障害が目立たなくなるタイプの
ごく軽度の子どもさんにとっては、障害名が一人歩きすることとの
デメリットと比較して、障害を知らせることがどれだけの
メリットを持つのか疑問でもある。
(社会ではなく、あくまで学校で、と限定しての話だが。)
さらに、専攻科にいた別の現職の先生からは、
「あんた、りょうちゃん、育てやすいやろ」とか
「いいやんか障害があっても、カワイイやん、
素直で。健常の子かって、色々と大変やで〜。」と
悪びれることもなく、シャーシャーと言われたものだ。
この先生のズバズバ言うところがまた魅力でもあるのだけど、
そうした性格を知らずにいたら、即座に首根っこを
掴んでいたに違いない
。確かに、育てやすい、とか極端に育てにくい、というのが
発達障害の特徴ではある。りょうちゃんは、
「親になされるがまま、反応が少ない」という意味で、
やりやすかったと言える。が、反応が少ないということは、
すなわち子育てを楽しむという親の気持ちを強化しない。
メリハリのない生活を送ってしまうことにもなりかねない。
(療育は、そうした意味でも親子にとって大切な支援だといえる。)
さらに、大学のカウンセラーとして在籍していた
超ベテランの教員経験者から
「手帳をとらない、障害を認めない親なんかもう絶対アウトや。
なんぼああして欲しいこうして欲しいと言ってもダメ。
まずはそっからやで。」
と、またばっさりと切り捨てられてしまったこともある。
事実だけで言えば、正しいのかも知れない。
わが子の障害に向き合わなければ、適切な支援ができない
からだ。しかし、わが子と親という、関係で、
そんなに冷静に割り切れるものだろうか。
まだ障害児教育を学びはじめたばかりの私は、こうした
心ない言動に返す言葉が見つからなかった。
しかし、冒頭の保育園の先生には少し経験を持った立場から
意見することができたと思う。
「先生、ここまで至るのに、恥ずかしいですが、
たくさんたくさん泣いてきましたよ。
小学校にあがっても、それはもういろんな親御さんがいて
いろんなことをおっしゃいますよ。私はそれで当然だと思って
います。なかなかそう簡単に、頭でわかっていても、
はいそうですか、とはいかないものなんですよ。
重い障害を持つわが子が成人しても、夕べ息子が喋る夢を見たと
おっしゃる親御さんもいるくらいなんですから。」
指導的役割にある人には分かって欲しいとは言わないが
せめて、想像しようとして欲しいと思う。

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投稿日:2007-09-11 Tue
守秘義務というものがあるので、仕事先のことについてめったに触れる事はないのですが、今日はプライバシーに
関わらない程度で書いてみます。
私はいつも「普通学級」と呼ばれるクラスと「特別支援学級」との
関係について考えています。
私たちが昔、小学生だったころの「特殊学級」の子ども達
との関わりをうっすらと思い出します。
そのころのクラスの位置づけと、と今の価値観の違いを
考えると(親はともかく)子ども達の意識は
ずいぶん当時とは違うのではないかと思います。
もちろん、親の意識も高くなってきています。
仕事先の学校は、校内での支援学級の位置づけが
非常に高いので、在籍しているメンバーも
障害がくっきりと浮き彫りになっている子どもさんから
以前は「言うことを聞かない子」とされていたような
普通学級にいたタイプの子どもが多くなっています。
そして...驚くほど人数も多いです。
なんでもかんでも障害のせいにするのはどうか、
という意見もありますが、私たちは、障害があるから
このクラスにいるのだ、と考えるのではなく
「適切な支援を必要としているから」と考えています。
非常に個性豊かで、仕切りタイプもマイペースタイプも
楽しそうにやっています。交流も盛んです。
なので、二年生とか三年生くらいの子の中には、
支援級の前にやってきて、
「ねえねえ、先生、ボク、○○○○学級に入りたい!!」
と懇願する子どもたちがいるくらいです。
でも、6年生になると、色んな事が分かっているというのか、
交流先のクラスの子たちが○○○○学級の子どもを迎えに
きたとき、私にこんなことを言いました。
「いいなあ、○○○○学級は。楽しそうで。
オレ、今から頭おかしくなったり、足が動かなくなったりして
○○○○学級行こうかな。」
すると、一緒に迎えに来ていた数人の子たちの間に一気に
冷やりとした空気が流れ、言った本人も、
あ、なんかマズカッタな、と気がつくわけです。
私はこういうとき、叱りません。
これも、障害のある人への理解の一歩だと考えるからです。
あのね、△△くん(言った本人)。
6年◎組の皆も、得意なことと苦手なことがあるやろ?
それはね、グラフにしたら、こんなに波の幅が狭いねん。
それは、「個性」なのよ。
でも、ここのクラスの□□くんは、得意なことと苦手なことの
波がとっても大きくてなあ。たとえば、暗記とか、計算とかは
△△くんが、どーんなに頑張っても□□くんには追いつかない
と思うでぇ。それくらいスゴイねん。
だけど、□□くんは、思っていることをお話するのが
とっっても苦手やねん。だから、○○○○学級は、
□□くんの、苦手なところを少しでも出来るようになるように
分かりやすくお勉強してもらうお手伝いをするところやねん。
と、笑顔で答えるようにしています。
子どもによっては
「でも、なおらへんやん!!」と辛らつな指摘をしてくる子も
いるけれど、この説明には、ふ〜ん...そうか、そういえば、
□□くんは〜〜〜がメチャすごいなあと言ってくれることも
多いです。
でも、すごいことが、偉いこと、ではないのです。
その子なりの良さ、その子の性格をあらためて振り返り、
気がついてくれるだけで収穫だと思っています。
なんだかんだいいながら、その子を迎えにきたついでに
クラスの子ども達と学年を超えて楽しく遊んでいたりします。
こんなときに、ツヨポンの「僕の〜」シリーズドラマで、
お母さんが言っていたことを思い出すのです。
「出来ることが多いのが良くて、少ないのが悪いわけじゃないの。 自分が出来ることを一生懸命にやればいい。 」

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投稿日:2007-09-09 Sun
ダウニーを使ってから家の中がアメリカンナイズされた香り。乾くとそれほどでもないようです。
来週末の連休は、田舎(熊本の南のはしっこ)に帰省します。
イトコが結婚するので家族連れで式に出席するのです。
一年ぶりです。
もう実家にいた年数と外に出た年数が同じなので
最近はすぐに九州人だとばれることは少なくなりましたが、
家に帰ると、訛スイッチが入ります。
やっぱり生まれ育った町の言葉がいいですよ。
(それにしても、ドラマの女帝の「ふざくんな」のセリフには、
毎回なんとなくうけてしまいます。)
帰るのには
がかかる〜帰省費・お祝い・お土産・服も・・・!
ママはドレスを買い換える余裕がないので
上にはおるものだけ調達。
日に焼けすぎて見苦しい......。
焦げた二の腕を隠すものになりました。
りょうちゃんは、来春の入学式を見越して一式揃えました。
ボーズ頭にネクタイ、ププッ。カワイイ。
(で、どこに入学するのかは依然決まらず。)

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投稿日:2007-09-06 Thu
今日はちょっと辛口ですが、日常のつぶやきでございます。目と耳はイマイチだけど(※ブログのカテゴリー参照)
嗅覚は人一倍発達していると自分でも思う。
とにかく匂うのだ、なんにしても。
小さいころ、学校の授業参観が嫌いだった。
親に見られることが嫌なのではなくて、オバサン連中の
節制のない化粧やら香水でうずまく教室のにおいに卒倒
しそうになっていたのだ。
ちょっとした香りにも敏感だった。
教室の前で担任が育てていた強いゼラニウムの香りに
吐き気をもよおしたこともある。
私が好きなのは、やさしい花の香り。
夏の強い日差しの中でそよぐ草から沸き立つ香りだとか
秋の枯葉の上を歩いたときのなんとも言えない香りも好き。
決して甘い香りだけに魅了されるわけではないけれど、
都会に住むといい香りに飢えて、外から香りを
取り込まなければならないように思う。
でも、香水は苦手なので、洗剤とか柔軟剤のほのかな香りに
あこがれる。私が個人的に気に入っているのは、
フローラルハミングを分量より少なめに使うこと。
ベランダでこの香りに包まれながら干すと、癒されるのよ
。レノアも色々試してみたけれど、「アロマの香り」には
なんともいえぬ不自然さを感じて硬直してしまった。
ニュービーズもまぁ好きだけど、義母が好んで使っているので
バッティングしたくないという思いがある(分かるでしょ、
そういうの。)
香りにこだわる私、某SNSの香りコミュで、なにやら
ダウニーという外国生まれの柔軟剤がいい香りだと
いうことをずっと前に知った。
ドンキで手に入るとは知っていたけれど行く機会を逃し
ついにネットで注文することに。
一番評判のいい、エイプリルフレッシュと
バニラ&ラベンダー
届いて開封してみるも、う〜む、という感じ。
とにかくキツイのだ。しかもエイプリルフレッシュは、
香りは違うけど雰囲気的にレノアの「アロマの香り」を
彷彿するではないか

とにかく一週間使ってみよう。
中にはこの柔軟剤の液を薄めて家具を拭くのに使っている人が
いるみたいなので、まぁ世の人には「いい香り」なのかも
知れない...し。
洗濯して乾いたら、ちょっと違うかも知れないし。
(こんなに妥協せざるを得ないのは、
いきなり大型ボトルを買ったバカモノだから)
パパさんやりょうちゃんの反応も気になる。
投稿日:2007-09-04 Tue
運動会の季節が近づいてきましたね。うちは10月です。
年長組のダンスはいつもかなり高度な内容なので
うちの子にも早く教えたくて、
担任の先生にビデオ撮りができないかお願いしたところ
(もちろんプライバシーに配慮してor先生の見本)
またもや
「私の判断ではなんともいえませんので、○○先生
(幼児組の偉い先生)に直接聞いてみてください。」
...と言われてしまう。
連絡帳もなーんにもないうえに、
情報もうまく伝わらない。
うちの子、毎日なにしているんやろ。
不信感で一杯なのだ。
そんな難しいことなんですかね。
園から用意してくださってもいいくらいだと思いますけどね。
(これは言っちゃNGなんでしょうけど、仕事先ではやってます...)
夕方の買い物先で、クラスのあるお子さんのお母さんと
久しぶりに会った。
「うちの子も発達が遅れていて...」思わぬ話を聞いた。
わたしの目からは「もしかして」に映っていたけれど
そんな話を聞かせてくださるとは思わなくて
驚いてしまった。
話は就学に関することにも及びイロイロと悩んでおられる
ようす。見た目には分からずごく軽度のお子さんだからこそ、
難しいのだと思う。
それにしても。
園は、うちの子以外にもこういうお子さんがいることを
知りながら、なんでこんなに勉強しようとしないのだ。
というより、園の思い(保育)と学校教育からの視点では
どうしてもベクトルの向きが違ってしまうのかも知れない。
園が得意とする発達の上から検討することは大切だが、
それに加えて「自閉症」や「発達障害」の対応の視点から
子どもに接することが必要だと思う。
園に足りないこの部分をどう補ってくださるのか、
また療育手帳が取れ次第、話をしにいくつもりだ。
(療育手帳、取るにはギリギリの数値でした。
でも、申請しました。この話はまたこんど。)
投稿日:2007-09-03 Mon
今日は二学期の始業式でした。子どもたちの日焼けした元気一杯の笑顔を見て
とてもほっとしました!!宿題もお疲れ様

いつもより比較的早く帰ることができたので
りょうちゃんを早めにお迎えへ。
園では年長組のお友達がたくさんいて、
相変わらず「りょうちゃんのお母さん、見てみて〜」と
「みてみてー」「あんなぁ〜〜」と自慢や見せ合いっこ合戦。
健常の子どもたちって、見てもらって、褒めてもらいたい
という気持ちが溢れていて、すごーく積極的ですよね。
その間りょうちゃんはマイペースで自分のことをしてますが(笑)
今日は子ども達がお手玉を持っていたので、
ちょっとだけ借りて片手お手玉を披露したら、
人垣ができ...。
私もやるぅ〜〜〜〜見てみて〜〜!!合戦。
しばらく帰れなくなってしまいました。

「りょうちゃんのお母さん、せんせいになったらいいのに!」そうかい、ありがとう

でも、なんか調子に乗ってしまって反省。
りょうちゃんだけのママなのに、こんなところで
仕事の顔しちゃだめだなって思った。
だけど、子ども達が飢えていることに気がつくのよね。
誰かに「共感」してもらうことにね。

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